小市民的シネマ断想

七人の侍・・・システム屋の生き様
1954 日本
監督:黒沢明 
出演:志村喬、稲葉義男、加東大介、千秋実、宮口精二、木村功、三船敏郎 他
 僕はかつてコンピューターのシステム開発に携わってきた経験がある。 
この映画の侍の中心的人物である、島田勘兵衛(志村喬)の生き様を観ていると、どうしてもシステム屋、 ひいてはサラリーマンの生き様がオーバーラップしてきてしまうのである。 
   勘兵衛は浪人ではあるが、歴戦を戦いぬいてきた経験豊富な侍<ベテランエンジニア>である。 

 この映画における、降って沸いたような野武士との戦いは、 システム屋における新規システムの開発プロジェクトに相当する。 

 勘兵衛は百姓達<顧客=ユーザー>に、泥棒を巧みな方法で退治する現場を目撃されてしまう。
 なまじ才能のあるところを見られてしまったため、 勘兵衛は野武士を退治してくれる侍<開発請負業者>を探していた百姓達の目に留まり、百姓からの発注のターゲットになってしまう。
 こんな時、変に積み重ねてきてしまった経験が結構徒(あだ)になるものである。 

   勘兵衛もこの戦(いくさ)は最初は乗り気では無かった<新規プロジェクトはリスクも大きく受注を逡巡する>。 
今まで歴戦、負け戦にばかり参戦してきたが<赤字プロジェクトばかりを渡り歩き>、 かろうじて生き長らえてはきた<赤字だったが何とかカットーバーし、以降は危なげながらも 本稼動している>。 しかし戦は正直なところ、もうこりごりだ<会社を辞めて転職でもしたい>と思っていた。 

   今回の百姓の依頼による野武士の撃退は、金にも出世にもならない<開発メリットが無い>戦で、非常にリスクがありそうである。 
本意では無かったが、したたかな百姓<開発の事情を知らないユーザー>の必死の要請により 、渋々また戦を<開発を>承諾してしまう。そこには、食わなければならない<少しでも仕事を受注して売上げを出さなくてはならない>という経済的 事情もからんでいたようである。 
が、やはり百姓の惨状を聞き泣き付かれた勘兵衛が、「情にほだされた」のが大きいといえる。

   勘兵衛は早速人材を集める。 
何しろ突発的なプロジェクトなので、様々な人材が集まる。 
五郎兵衛(稲葉義男)や久蔵(宮口精二)のような優秀な人材や、平八(千秋実)のようなグループの潤滑剤になるような宴会部長的人間もくる。 
七郎次(加東大介)のように、かつての同胞<前プロジェクト時代の同僚>も集まる。 
勝四郎(木村功)のような、今年入ったばかりの新入社員のようなものもいる。 
かと思うと、菊千代(三船敏郎)のような、どこの馬の骨ともわからないような百姓出身の未経験<職歴の不明な未経験者>な、しかし憎めない性格の人間まで が参画してくる。 

   しかし勘兵衛は長年培った経験により、これらの寄せ集めをうまくまとめあげ、 緻密な作戦をスケジュールどおり、こなしていく。 

   しかし、その野武士との戦い<開発作業>は熾烈を極め<連日の残業・徹夜>、 幾多の犠牲者<退職者>を出してしまう。 

   途中には勝四郎<新人>と百姓の娘<顧客の女子社員>との間の実らぬロマンスなどもある。 

   それでも、最終的には、ついに野武士を成敗することができる<納品完了〜本番稼働する>。 

   しかし勘兵衛達の多大な犠牲<赤字・退職者>をよそに、百姓<ユーザー>は勘兵衛達に感謝も無く、まるで、この戦いも無かったかのように、うかれまくり、いつものように歌を歌いながら田植えなんぞ始めている<一応システムを使用し始める>。 
  普通のパターンだったらヒーローとしてもてはやされてしかるべきなのに、報われぬ勘兵衛達には、戦いの後の特有の、どこか妙な虚無感が支配する。 

   ラストの勘兵衛の寂しげなセリフが実に印象的だ。 
  「今回もまた、負け戦<赤字>だったな・・・」 
  「えっ?」と聞き返す七郎次に勘兵衛が言う。 
   「勝ったのは<利益を得たのは>あの百姓達<ユーザー>だ。ワシ達では無い。 」。 

   ここで映画は終わる。 

   開発プロジェクトは、いつもこの勘兵衛のセリフのように、何か煮え切らない気持ちを 残しつつも収束していくことが多い。 
   納品した直後はトラブルが頻発し、それにより感謝されるというレベルでは無くなる。
   しかし、しばらくしてユーザーが、どうにかこうにか使いこなしているのを 見ると、「これで良かったのかもな・・・」などと思い直して、また新たな仕事を引き受けて しまう、なんてことになる。 
そしていつも感じるのは、また負け戦してしまったという敗北感・虚無感・・・ 

 百姓は無学で哀れであるが、それでいて実は最も力を持つ脅威の存在と成得る。
報われないのは一見エリートの侍であることが多いと、勘兵衛は痛感しているのであろう。
一部の人間が大衆の為に翻弄され犠牲になる、しかしそれがまるで自分の「性(さが)」であるかのように生きていく勘兵衛。
そんな人間の哀しさを勘兵衛は象徴しているかのようである。

    勘兵衛は、きっとまた当ても無い旅を続け、また金のために、報われぬ負け戦<プロジェクト>を してしまうかもしれない。 
そんな負け戦をイヤとはいえない勘兵衛の、実に人の良い性格に、 日本人の侍<システム屋ひいてはサラリーマン>の 悲哀を見て取ってしまうのは、僕だけなのであろうか? 

(2000.6.26)


小さな恋のメロディ・・・夢のおとぎ話
1971 イギリス
監督:ワリス・フセイン 
出演:マーク・レスター、トレーシー・ハイド、ジャック・ワイルド  他
 イメージというのは、我々の生活において結構重要だったりする。 
好き嫌いだって、大半はイメージで決めていたりする。 
だからイメージは良ければ良いに越したことは無い。 

   「小さな恋のメロディ」は、僕にとって、何から何までイメージが良い映画である。 
一点の曇りも無い。 
きらきら輝く宝石のようなもんである。 

 内容は簡単に言うと、イギリスのとある学校の幼い二人の男女が出会い、繰り広げていくラヴストーリーである。

   冒頭の朝もやのロンドンの街並みのシーンも、バックに流れるビージーズの「インザモーニング」の荘厳で美しい響きも、皆イメージが良い。 

   個人的なことだが、僕が初めてこれを見たのがテレビ放映で、それが晴れた休日の午前中という記憶があり、その明るいゆったりしたイメージがこの映画にもオーバーラップしてくる。 

   役者だって良い。 
主役のダニエル(マーク・レスター)も、かわいらしいし、同級生の親友トム(ジャック・ワイルド)なんて実に良い味出し過ぎである。スターウォーズで言えば、ハリソンフォードのハンソロの役回りってなとこか? 
それから止めを刺すのが、ヒロイン、メロディ(トレイシ・ーハイド)のかわいさである。 

   主としてビージーズが担当する音楽ももちろん良い。 
「メロディ・フェア」なんて名曲中の名曲だし、「若葉の頃」「ラヴサムバディ」なども良い。 

 トムとダニエルが親しくなり、初めて放課後二人で繁華街へ遊びにいくシーンも、仲良くなりたてには「こんな雰囲気アッタアッタ!」という感じでトキメキがある。
ダニエルとメロディが音楽室で二人きりになり、そこでメロディの吹いた笛に合わせて、ダニエルがチェロで合わせていって、二人で合奏をしてしまうシーンは、二人が最初に心の交流をしたシーンで、これもこの映画における最も印象的なシーンの一つである。
 トムとダニエルが宿題を忘れ、放課後教官室で怒られた後に、教室を出てくると、なんとメロディがダニエルを待っている。
トムはダニエルを遊びに誘おうと、必死に引き止めるが、ダニエルはメロディと二人一緒にトムから去って行ってしまう。ダニエルとメロディがここでようやくお互いの気持ちが通じ合うと同時に、トムとの友情にヒビが入ってしまう。このシーンも印象的なシーンである。思春期のとてもデリケートな友情と恋愛の機微を描いていて、とても切ない。

   僕が何より好きなのが、ラストシーンである。 
ダニエルとメロディの結婚式を子供たちだけで執り行なう為、トム達が学校の授業を抜けだし、廃線跡地のような場所で結婚式を行ってあげる。 
そこにそれを聞きつけた、先生達が子供たちを連れ戻そうと大慌てでやってきて、子供たちは逃げ出しパニック(ドタバタ)状態。 

   ラストは、駆け落ち的に逃げ出してきたダニエルとメロディが、トムに見送られる中、二人で漕いでいくトロッコが(たぶん新婚旅行への出発みたいなところをイメージしてんだろうね)引きの映像でグーッと小さくなって、田園風景の中の1点になるように消えていく、みたいな、映像。 
このバックには、CSN&Y(クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング)の名曲「ティーチユアチルドレン」がかかる。 
この美しいハッピイエンドは、今まで僕の見た数少ない映画の中ではあるが、そのラストシーンチャートの第1位をヒタスラ突っ走っている。 

   ストーリーに、息も付かせぬ驚くような大胆な展開や、映像に人生の機微をうがつような緻密な表現が頻出するという感じでも無い。 
いわば単なる青春ドラマか、もしくは一遍のおとぎ話しという感じである。 
しかし、これだけイメージのよいことが、いっぱい重なれば、映画としてイメージが悪いわけは無い。 

   クラシック音楽で言うと、チャイコフスキーのバレエ音楽「くるみ割り人形」を彷彿させる。 
このバレエ音楽は、1曲1曲には、ベートーヴェンやバッハのような、深遠さ・重厚さはないかもしれないが、きらめくような音の集まりは、そうした重厚な音楽とは違い、 また独特の夢の世界を構築している。 

   「小さな恋のメロディ」は、人間の孕む諸問題をあばき、それを世に問う!、なんてのとは全く無縁の世界である。しかしながら、忘れがちな人間の持つべきトキメキ、純粋さを感じさせてくれる夢のような世界、こういう映画も絶対無くてはならないのである。 

(2000.6.26)



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